インタビュー

「大切なのは楽しむこと」イギリスの認知症専門医ヒューゴ・デ・ウァール博士が語る認知症ケアのコツ

ドキュメンタリー映画『毎日がアルツハイマー 2』と『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル』に出演しているヒューゴ・デ・ウァール博士
彼は、「パーソン・センタード・ケア(認知症の本人を尊重するケア=P.C.C.)」発祥の地イギリスで、国立認知症ケア・アカデミー「ハマートンコート」の施設長としてパーソン・センタード・ケアを実践している精神科医です。

とても素晴らしい経歴を持つヒューゴ博士に、なんと……取材することができました!

読者である介護職員のみなさまに有益な情報をお届けするべく、介護職員が知りたい内容に特化したヒューゴ博士のインタビュー記事となっているため、必見です!

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ヒューゴ・デ・ウァール博士
イギリス国立認知症ケア・アカデミー「ハマートンコート」の施設長。
「毎日がアルツハイマー」シリーズ(監督:関口祐加)の2作目と完結編となる3作目に出演している。
1989年にオランダ・アムステルダムの医学部を卒業後、イギリスに渡り、精神医学を学び続ける。1998年、ノーフォーク州で認知症の集中的ケア・サポートチームを起ち上げ、認知症集中ケア・ユニットとリンクさせ、国内外で高い評価を受ける。英国ロイヤル・カレッジ精神科医・高等教育アカデミーのフェローであり、2011年からは、世界精神科協会の教育部門のメンバーになっている。

認知症のケアはプロのスタッフでも、向き不向きがある

___ 日本の介護施設では、認知症の方とそうでない方を同じ施設でケアしているところも多いです。その場合、認知症の方に手厚いケアを提供できないことが多々あります。そのような施設の介護職員は、どのような認知症ケアを行うと良いと思いますか?

ヒューゴ博士:そもそも、ひとつの施設で認知症の人とそうでない人を一緒にすること自体が間違いだと私は思います。
イギリスにもそういう施設はありますが、フロアや病棟を別にするなど何かしらの方法で区別して生活しています。なぜなら、認知症の人とそうでない人とのニーズは、全然違うからです。
施設は、それぞれのニーズに合うスタッフを配置する必要があると思います。
そのように『両者を混在すること自体が間違いである』という私の考えが前提にあるうえで話します。

認知症ケアをするうえで、スタッフの性格の影響は大きいと思います。
どんなに素晴らしい看護師(※イギリスでは、看護と介護を看護師が担っている)だったとしても、認知症の患者さんのケアに向いていない人はいます。看護師としての資質と認知症ケアで必要なことは必ずしもイコールではないからです。
認知症ケアで必要なことのひとつに、忍耐強さがあげられます。
ときにはオールマイティでどんな患者さんにも対応できる看護師もいますが、ほとんどの人が忍耐力のあるなしだったり、本人のさまざまな性格によって、向き不向きが出てきます。

しかし、向き不向きがあることは悪いことではありません。
むしろ、向いていない人に強制的にケアをやらせることのほうが間違っていると思います。
向いている人にケアをやってもらったほうが、スタッフにとっても認知症の人にとってもお互いに良い影響を与えると考えます。

 

___忍耐強さのほかに、どのような性格の人が認知症ケアに向いていると思いますか?

ヒューゴ博士:『ケア』という言葉に隠されているように、スキル以上にその人を思いやれる気持ちがあるかどうかではないでしょうか。人間的なあたたかみを持って認知症の人と接するということですね。

いくら素晴らしいスキルを持った看護師でも、患者さんのことを気にかけず、治療の対象者として一歩引いてみる人もいます。
そういう人は現場から離れたい気持ちがもともとあるのか、自然と管理職などにあがって現場から遠ざかっていきます。
しかし、認知症ケアに向いている人というのは、30年ほどの経験を持つベテランになったときに、給料がアップする管理職をいくらすすめても『私は患者さんのそばにいたい』と言って断ります。
ケアをすること自体が自分に合っていて、今後もケアをしていきたいという気持ちの表れなのだと思います。

気遣いができ、自分に合っているという気持ちを持っている人こそが認知症ケアに向いている性格といえるのではないでしょうか。

___『自分は認知症ケアに向いていない』と思っている介護職員に対しては、どのようなアドバイスをされますか?

ヒューゴ博士:向いていないと考える人には、2種類いると思っています。
『自分には認知症ケアは向いていないと思い、気持ち的にもやりたくないと考えている人』と『向いていないかもと言いつつも、本当はやりたい気持ちがあり、やり方がわからないという人』の2種類です。

後者には、どういうことに自信がないのかを聞き出して、自信がない部分のスキルを上げるためのサポートをする必要があります。
前者に関しては『もうおやめなさい』と私は言うと思います。

認知症のケアは本当に大変です。
『どうしようかな。やろう。いや、やっぱりやめよう』と、簡単に決めるべきではありません。ある程度認知症の人を理解したうえで、実際にやっていくのかやめるのかしっかりとした考えをもって決断することが大事です。

とはいえ、本当に難しい決断だと思います。
『自分は中間あたりにいてどっちなのかわからない』人もいるでしょう。
『どちらかというとやりたくない』という気持ちがあるのなら、やめるほうが自分にとっても認知症の人にとっても良いのではないでしょうか。

スタッフの教育や制度を整備し、介護職員の孤立を防ぐ

ヒューゴ博士:スタッフの育成の話が出てきたので、ここで大切なことをお伝えしたいと思います。
認知症の人のケアは、感情がすごく複雑に入り込んだ世界です。
スタッフの中には、患者さんのことを自分の事にしてしまって、夜も眠れないなどの弊害が起きることがあります。
イギリスには、そのような医療従事者などをケアする組織として『バリントグループ』があります。バリントグループでは、定期的に集まってファシリテーター(進行役)の指導のもと安心できる環境でスタッフが『いつも感じていること・悩んでいること・楽しかったこと』など、どんなことでも話し合いをします。
みんなで共有することでスタッフを孤立させないようにするのです。

一番の問題は、忙しくて自分のことを話す時間もないスタッフの環境です。
スタッフも人間ですから、いろいろな感情があります。たとえば、小さな不安や不満を周囲に言えないことが積み重なり、大きな孤立の種となることもあります。
そういうところをケアすることがとても大事ですね。

 

___日本ではスタッフの育成や教育制度が充実していない現状があるため、介護スタッフ自身が行える認知症ケアに対する努力の仕方、能力の高め方はありますか?

ヒューゴ博士:まずはトレーニングをする場がないことが問題ですね。しっかりと問題提議していく必要があります。
なぜなら、自分で自分を教育することには、限界があるからです。

イギリスでは、看護学校のなかにプログラムやカリキュラムといった制度がしっかり組まれています。私自身も、今までそういうカリキュラムや教育を経て、いま認知症専門医師として働くことができています。
しっかりとした教育を受けないと、安定したケアを提供することができません。そして、安定したケアを提供できないスタッフは、孤立してしまうでしょう。そのことが問題なのです。

日本に制度がなければぜひつくってください。日本にも看護学校はありますよね?

___はい、あります。しかし、日本の場合、看護と介護が区別されています。介護においては、無資格者でも働くことができるため、教育を受けていない人も多いのです。日本では、どのような教育・制度を取り入れるべきでしょうか?

ヒューゴ博士:イギリスでは、施設が第三者からの評価を受けるモニター制度のようなものが2年ほど前からはじまりました。
ケア・クオリティ・コミッション(Care Quality Commission)』という団体が第三者機関として施設全体の評価をします。
施設のうたっていることに対して、適切なインフラが整っているかどうかなどを報告書にまとめます。施設にマイナスの評価があれば、改善するように助言し、もし改善されなければ、その施設を閉鎖する権限を持っています。

そのため『ケア・クオリティ・コミッション』が来ると、みんなビクビクします(笑)。
しかし、改善すべき項目に対してきちんと取り組んでいれば、施設は閉鎖されないので、おびえる必要なんてありません。
どんな施設にも改善するべき部分は常にあるものです。改善すべき点がないことがいいことではなく、改善すべきことに対して努力していないことが良くないのです。
どの施設もそれぞれ頑張っていると思います。しかし、その頑張りが適切であるかどうかは、自己評価ではなく第三者の目で客観的にみる、モニター制度は絶対に必要だと思います。
それがないと、どのような取組や教育、制度が必要なのかなどの考えも生まれないのではないでしょうか。

スタッフの教育をする環境をつくれないのであれば、第三者機関が評価するような制度を取り入れるのもいいと思います。

在宅介護をサポートする訪問介護員を取り巻く問題は、日本もイギリスも共通

___施設などでチームで介護を行うのではなく、1対1で行う訪問介護の職員も認知症の方のケアで悩んでいます。訪問介護では、どのような認知症ケアを行うべきでしょうか?

ヒューゴ博士:正直に言って、この質問へのアドバイスは難しいですね。なぜなら、イギリスもまったく同じ状況にあるからです。
時間の制約があるなかでは、すべてのケアはできず、それが慢性的に続いてしまうことがあります。そういう環境では訪問介護職員も適切なケアが出来ないと思います。
このような状況下では、利用者さんはいつも弱者という立場で定義され、結局、病院か施設に行くことになるのではないでしょうか。

また、(訪問介護で)介護者が家に入るとなると、介護者の安全も確保しなければなりません。
衛生面の問題がある家の場合は、介護とは別の機関や社会保障サービスを利用して家を片づけるなど何らかの対策をして、介護者の安全を確保すべきです。それができない場合は、『その家には介護者が入れません』という判断になるわけです。

訪問介護者は、いろいろな家を回るためとても忙しく、事業所に立ち寄る暇もありませんよね。そうなると、その訪問介護者の状況を把握している人がおらず、孤立した状況が作り出されてしまいます。これは大きな問題で、孤立することによって離職率が高まります。
離職率が高いことは、働く側だけのデメリットではなく、利用者ご家族からみても「次はだれが来るんだろう?」と不安になる要素になります。
在宅介護では、このような悪循環が生まれていくと思います。

イギリスでも在宅介護のサポートは十分にはできておらず、本当に難しいと感じています。
在宅介護が大変なのは国も認識しているのですが、なかなか制度や予算が追いついてない現状があります。

イギリスと日本で同じ状況を共有できたので、改めて難しい問題だなと認識しました。

フィードバックのポイントは『はじめに良いことを言って、つぎに問題点を指摘して、最後良いことで終える』こと

___日々ストレスを感じている介護職員に対して、周りの人はどのようなサポートをしたら良いと思われますか?

ヒューゴ博士:1番大切なのは、介護職員が安心して話せる時間と空間を設けることです。
安心して話せる状況というのは、スタッフがどんなことを言っても、降格や仕事を失うなどの危険性がないことです。

聞く立場の人は批判をせずに今の状況を聞き、さらに困っていることを具体的に聞き出すことが大事です。
各々の介護職員の状況にあわせたアドバイスをするためには、何に困っているのか詳細に聞き出すことです。

ひとつだけ、困っている介護職員に対する効果的なフィードバックの方法をお教えしましょう。
大変な状況にある職員に行うフィードバックは、「はじめに良いことを言って、つぎに問題点を指摘して、最後にまた良いことを言って終える」のが大事です。
ストレスを感じている人は、まっさきに悪いこと言われたら、指摘されたマイナスのことで頭や心がいっぱいになってしまいます。
自分がやっていることを認めてもらいたい気持ちは、みんな持っているものです。「ここがうまくできていますね、でもここは改善できるかもしませんね、だけれど大丈夫です、サポートしますよ」とネガティブなことをポジティブな言葉でサンドウィッチすることが効果的だと思います。

やっぱり一番は、笑顔を忘れず楽しむこと!

___ヒューゴ博士の考える認知症ケアで大切なことはなんですか?

ヒューゴ博士:『楽しむこと』の一言につきます。
私も正直、楽しめなくなったらこの仕事をやめる潮時だと思っています。

楽しむとは、単に『あはは』と笑うのではなく、充実を感じられること、喜びを探せることです。
『毎日がアルツハイマー』シリーズの関口監督は、まさにこれができていると思います。
彼女は、最初は介護を楽しもうと思ってはじめたわけではないと思うけれど、結果的に楽しさに気づいたのでしょうね。
認知症ケアには、薬やパーソンセンタードケアなど、いろいろあるけれど、やはり一番は介護においてポジティブなこと・喜べることを探すことです。
そういう姿勢を持っていると、介護者だけではなく患者さんも楽しめるでしょう。

そして『笑顔を忘れない』こと。
笑顔は、介護者にとっても患者さんにとっても大きな救いになります。

日本の介護職員のみなさん、ぜひ認知症ケアを楽しんでください!

編集後記

ひとつの質問に対し、とても詳細に、深く、丁寧に答えてくれるヒューゴ博士。認知症ケアの権威であるにもかかわらず、偉ぶった印象は一切なく、とても人当たりの良い方でした。
言語や国の違いはあるものの、介護をテーマにするだけでとても深い話をすることができ、大変有意義な時間となりました。

介護職のみなさまにとって、メリットのある情報をいただけたのではないかと思います。
介護のお仕事研究所では、今後も介護に関するさまざまな情報をみなさまにお届けします。

映画『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル〜最期に死ぬ時。』は全国順次公開中!

ヒューゴ・デ・ウァール博士が出演している『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル〜最期に死ぬ時。』は神奈川・シネマアミーゴ、シネマ・ジャック&ベティ、愛知・シネマスコーレ、大阪・第七藝術劇場など全国順次公開予定です。東京・ポレポレ東中野では10/20(土)より再上映も決定しています。

また、「毎日がアルツハイマー」シリーズは全作DVD化されています。
詳しくは作品公式サイトを確認してください。

※この取材記事の内容は、2018年7月に行った取材に基づき作成しています。

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