「何かあったら、私たちの責任になってしまいますからね!」生活の支援よりもリスク回避が大事、という方へ

「亡くなったお年寄りのお姿や表情に、私たち看護の仕事の質が現れるのです」。

以前、そのように部下を指導するという往年の看護師を、とある介護施設で見たことがあります。

それがターミナルケアとしてご利用者ご本人がどのような最期を希望するのか、今そのご本人に本当に必要なケアは何なのか、そこへ情熱を注ぐ言葉であるならばとても素晴らしいなと思います。

しかし、実は冒頭の言葉を聞いたとき、私は少し引いてしまいました。なぜなら、もしご利用者を元気にしようと頑張りたい介護施設で、上司からそういった言葉ばかり言い聞かされていたら、看護や介護のやり方に過ちを招きかねない言葉だと思うからです。

リスク回避が利用者の幸せに結びつくのか

どのような過ちかというと、例えば

・一人で立ち上がると転倒するかもしれないから
・高血圧症で、動くとすぐ血圧が上がるかもしれないから
・起きていると大声を発して他の人に迷惑をかけるかもしれないから

だからリスクを避けて静かに寝ていただきましょう。何かあったら、私たちの責任になってしまいますからね!

確かにそれで目先のリスクは回避出来るのかもしれません。
しかし、身体拘束の可能性がありますし、臥床することで寝たきりと化し廃用症候群悪化のリスクが出てきます。つまり、何をするにせよリスクは必ずあるということです。

リスクを知らない者は素人。
リスクを知って何もしない者は怠慢。
リスクを熟知して乗り越えられる者がプロです。

つい「管理」してしまう医療職

ご利用者にとって、その人らしい生活を支援するためにリスクと戦う覚悟を我々は持たなくてはなりません。そして介護施設の医療職というのは、リスクを煽るのではなくリスクを出来るだけ解消して介護職を医療的な視点からサポートする立場です。

特に病院で長く勤めた医療職は患者の治療のために「管理」することが仕事になりやすく、介護施設における「生活の支援」という考え方をあまり理解していない人も中にはいるように思います。

前述の看護師がどのような経歴かまでは知りませんが、やはり「管理」がしたいのだろうなという雰囲気を私は感じてしまうのです。

管理が行き届いた施設での暮らしは、本当に幸せなのか?

ご利用者を管理するためには、スタッフの管理も必要です。その管理が見事に行き届いているからなのか、その介護施設ではご利用者もスタッフもとても静かでした。

楽しそうに会話するご利用者もあまりいませんでしたし、スタッフも黙々と業務をこなしておりました。ただTVの音声だけが聞こえていたような、なんともいえない閉塞感。そんな印象が記憶に残っております。

介護業界は、報酬が減らされていく一方で自立支援へと舵が切られております。そこでのやり方がご利用者を主体的に考えたケアなのか疑問がありますし、施設の生き残り策としてみたときに、そうした「管理」が正しいことなのかなと考えさせられました。

もっとも、そこのご利用者がそれで幸せであれば、それも一つの在り方なのでしょうけど。読者のみなさんはどう思いますか?

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武藤竜也

武藤竜也

作業療法士。他業種から作業療法士へ転向し、臨床経験5年目で老健副施設長に就任する。介護業界の常識に真っ向から異論を唱え、当時の施設スタッフ全員で力を合わせて機械浴の完全廃止を達成。自ら設計したひのき風呂浴室を使った個浴ケアを通して、寝たきりのご利用者にも人として当たり前のお風呂を提供する。現在はフリーランスとなり、医療介護施設ケアアドバイザーとしての活動と、医療福祉業界専門パソコンサポーター むとうドットコムの経営をし、医療介護施設のケアの質向上やリハビリ・介護の仕事の楽しさを伝えている。